プロフィール


岬坊真明 (みさきぼう まさあき)
団塊世代・富山県氷見市出身
愛知県在住 自営業 (男)
「人生は闘い、苦しみは成長のエンジン。どうせなら馬力あるエンジンが良い」ほんとは何度も死んでいる私。

【少年期~高卒まで】

・小学3年まぶた手術3回。吃音で苦しむ。
・暴れ牛から落下するも無傷で済む。
・中学1年、「破傷風」で手術入院1ケ月。
・中学2年、父ガンで急死しどん底に…。病弱の母は出稼ぎ、家族バラバラに…。 この頃、石川啄木「一握の砂」、若山牧水「幾山河」に触れ詩や短歌、俳句を綴るようになる。
・昭和39年、高校へ90分の道を自転車通学。
・高校2年、大学病院に3ケ月半入院。あと5年の命と知ったのは結婚後。
・高校3年、アルバイトしながら高校卒業。
・昭和42年、雪の降らない愛知県に就職。

【成年期】

・18歳、某有名易者の占いで【あなたは今、龍が海の底に沈んでいる。しかし晩年になると浮かび上がって運命が好転する】と言われる。
・20歳頃、会社の仕事で故郷の高校へ求人に…。一人応募の女性が現在の妻となる。
・23歳で結婚。その後、胃腸が悪くなる。
・翌年長女生まれる。骨髄炎で手術入院2ケ月。間一髪で左足切断を免れる。
・筋肉難病が徐々に進行。声や眼筋、手足の筋力衰える。不治の病で治療方法も無し。
・平成3年、母死亡。葬儀への高速道路で事故。身体は無傷、車は大破。九死に一生。
・大学病院で検査。眼咽頭遠位型ミオパチー(百万人に一人)との診断。

【転機】

・平成8年、Windows95発売。インターネット普及で私の人生が一変する。
・自力で公開した難病支援サイトが注目を浴び、YahooJapan や新聞一面、雑誌等に取り上げられ難病者の社会参加を実感する。 ・インターネットで収入を得るようになる。
・平成13年、作詞の勉強開始。難病でも出来るし好きだった。自分の死後も作品は後世に残るとの想いも…。
・しかし、これが如何に険しい道かを、やがて思い知ることになる。それでも苦しいながら着実に賞や実績を得るようになる。

【加入団体等】
・日本作詩家協会々員
・日本音楽著作家連合会員
・日本音楽著作権協会(JASRAC)々員
・みちのく歌謡文化連盟会員


「好きな言葉」
「人間万事塞翁が馬」にんげん ばんじ さいおうがうま。中国「淮南子(えなんじ)」書の「人間訓」。世の中のことはすべて、何が幸いして何が禍するか分からない。

ご覧頂き有難うございます。 Thanks(☆⌒(*^-゚)v)♪

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